先見性とイノベーションとリスク性向
3つの「起業家的な行動」
法政大学デザイン工学研究科博士課程
阿部俊光
本プロジェクトでは、参加者に起業家的な行動や考え方を促すさまざまな工夫がなされています。この根拠になった研究について、考えてみたいと思います。
これまでの研究で、起業家にはさまざまな特徴があることがわかっていますが、今回はIEO(Individual Entrepreneurial Orientation個人の起業家的性向)(Miller, 1983; Covin & Slevin, 1989; Bolton & Lane, 2012)を採用しました。
IEOは3つの要素、先見性、イノベーション、リスク性向から成り立っています。起業家的な行動や考え方をする人の多くは、3つの要素のいずれかあるいは全てを備えており、これらの要素が起業家的なその人を形成しているという考え方です。
元の理論では3つの要素は「Orientation 性向」、すでに人の内側にあって行動の原因になるものと定義されています。これを若い世代が参加する本プロジェクトでは、プログラムを経験することが起業家を形作る要素が表面化するきっかけとなったことから、性格的な特徴でもある3つの要素は後からでも作ることができるものと読み替えました。
では実際に、この3つの要素をどんなふうに採り入れていたのか、出店型プログラムの文脈でそれぞれ振り返ってみます。
まずは先見性です。ここでは「このあとどうなるか」「まわりがどうなっているかを気にする」と意義づけています。出店活動においては、自分の目の前の顧客への対応や今やっている作業に集中することはもちろんですが、周囲で何が起きており、またこれからどういうことをしたらよいかという視点が重要になります。そのため、「お客様がどういう気持ちでいるか想像して行動する」「一緒に取り組む他の人の立場になって考える」など人に関すること、また「他のお店の様子を見に行って、どのようにしているかを観察する」「どの商品が売れそうか考えてみる」といった商売に関すること、そして「時間を気にして、次に何をしないといけないかを考える」という時間軸に関することをそれぞれ考える機会を持ち、行動に移すことが大切になります。
次にイノベーションは、出店活動に伴う様々な行動において、何か新しいことに取り組むとしました。「他の人がやっていないことを考える」という創造力も大事ですが、イノベーションは必ずしもゼロから生み出すこととは限りません。
これまで知っていることをいくつか結びつけてみることも新結合と呼ばれるイノベーションです(Schumpeter, 1926)。
「教わったいくつかのことを組み合わせてみる」「他のお店や商品を観察して新しいことを発見する」といった行動がよい例です。「教わっていないことでも他の人と一緒に取り組んでみる」「お客様の反応や声から、どのような声かけがよいか考える」ことも、他人との触れ合いから新しい行動や考えが生み出される機会となり、イノベーションの発揮につながります。
最後にリスク性向は、リスクをとって新しいことにチャレンジするという定義ですが、ここでは「ちょっと不安だなと思うことでもやってみる」と意味づけました。
出店活動においては、知らない人と触れ合う機会があります。
「接客で注文をとり、代金を受け取り、おつりを渡す」「通りがかる人へ声をかけて関心を持ってもらう」「お店を出て離れたところまで行って宣伝する」「大きな声を出して通りかかる人の気を引く」といったことは、子供にとっては普段やったことのないことであり、不安になることでもあります。そこで「失敗しそうだなと思っても思い切ってやってみる」という意識や態度が大事になってきます。
本プロジェクトの活動では、以上述べてきた、先見性、イノベーション、リスク性向の3つの要素に沿って起業家性向が育まれ発揮されるようにプログラムを組んでいます。
実際の出店活動における参加者の行動について振り返ってみます。
先見性については、観察と気づきを重視しており、大学生から子供に対しては「今お店はどうなっている?」「他のお店がどうなっているか見に行ってみようか?」「隣のお店は何がいくらで売れている?」といった行動や気づきを促す声かけを行っています。すると子供たちは自然といろいろなことに気がつき、自ら率先して行動するのです。例えば隣の店の品だしが遅いために行列が長くできているのを見ると、行列の後ろに行って自分たちの店の宣伝をして、待ちくたびれていたお客様を誘導してくるといった工夫をした子供もいてり、その発想と行動力に驚かされました。
次に、イノベーションについては、創意工夫を引き出そうと、お店の商品のポスター作りを取り入れています。子供たちは自由な発想でポスターを作るため、時にお客様にとっては見づらくよくわからない絵になることもあるのですが、従来のポスターの枠にとらわれない斬新な発想を見ることもありました。例えば自分で考えたアニメのキャラクターを描いてみるとか、全部の商品を並べるのではなく試食して一番おいしかった商品を大きく描いてみるなど、その創造力の豊かさには感心させられました。また出店活動においては、他のお店の探検にいくことで、新たな発見を見出し、そこから何ができるかを考えさせる機会を作っています。声かけにおいてはポスターづくりとともに商品のキャッチコピーづくりを行いますが、ここにも子供独自の視点での発想を見ることがありました。「もちもち」「カリカリ」など、擬態語をうまく活用することなどは、子供らしい発想だと感じました。
リスク性向に関しては、事前に注文の受け方や代金・商品の受け渡しの練習をするなど、やったことがないことに慣れておく機会を設けています。また自分で商品を宣伝するポスターを作り、「いらっしゃいませ」だけに留まらないお客様への宣伝文句を考え、声かけの練習をします。これらの練習は子供と大学生がペアとなって実施し、大学生は手本を見せ、アドバイスをし、子供たちを勇気づけます。最初は戸惑いを見せて小さな声しか出せない子供たちも、ひとたび商品が売れてお金を受け取ったり、遠くからお客さんが興味を持ってきてくれたりするのを見ると、急に大きな声が出るようになり、急に自信がついた姿を頼もしく思いました。自分の声でお客様の関心を引き、実際に商品が売れて代金の硬貨や紙幣を受け取ると、自分の力でお金を稼いだという感覚が生まれ、自然と笑顔がこぼれます。お客様に「ありがとうございました」といい、お客様からもお礼を言われると、がぜんやる気が出ていました。先駆けて行動した子供を見た他の子供たちも影響を受けて真似をし、連鎖反応が生まれているのです。子供のころからリスクをとることについて姜教授は「失敗してもたいしたことがないということを若いうちから体験し、意識できることが大切だ」と述べています。本プログラムを通して、最初は怖いと思っていても、徐々に心を開いてチャレンジしていく姿勢が見られ、一緒に取り組む大学生も刺激を受けていました。
アントレプレナーシップ教育や起業家精神と言われても、何をどうしてよいか、わからないということが多いと思います。そこでまずは3つの要素である先見性、イノベーション、リスク性向について理解し、意識して具体的な行動を促すことが、起業家精神を育むきっかけになるのです。
子供の変化について姜教授に聞いてみると、「はじめからできる子供もいるが、途中から変化していく子供もおり、またプログラムに複数回参加する子供は、プログラムで感じたことが普段の生活において熟成されて次回のプログラムに参加し、さらに積極的に行動する傾向が見られる」と話していました。
私自身、本プログラムの様々な仕掛けを通じて、子供たちの笑顔から、起業家的行動の持つ力のすごさを実感することができました。
参考文献
Bolton, D. L., & Lane, M. D. (2012). Individual entrepreneurial orientation: Development of a measurement instrument. Education+ Training, 54(2/3), 219-233.
Covin, J. G., & Slevin, D. P. (1989). Strategic management of small firms in hostile and benign environments. Strategic management journal, 10(1), 75-87.
Miller, D. (1983). The correlates of entrepreneurship in three types of firms, Management Science, 29(7), 770-791.
Schumpeter, J.A. (1926), Theorie der wirtschaftlichen entwicklung, 2. Aufl.. Quadriga. (塩野谷祐一・中山伊知郎・東畑精一訳『シュムペーター 経済発展の理論(上)』岩波書店, 1977).
「TOKYOアントレプラス」を簡単に使いこなそう!
東京都立大学 総合研究推進機構
特任准教授 野澤 博
こども向けのアントレプレナー教育プログラムと聞いて、多くの方は「やってみたいけど難しそうだな。自分たちには無理だ」と思われるのではないでしょうか。ご自身が起業を経験したことがない、アントレプレナー教育に携わったことがない、そうした「経験したことがない」というのが、無理と思う理由ではないでしょうか。アントレプレナー教育に限らず、経験したことがないものは教えられません。また、こどもに教える場合、教える側が内容をきちんと理解して、噛み砕いて教える必要があります。こどもは飽きっぽいですから、興味を継続させるテクニックも必要になるでしょう。もうこれだけで、相当ハードルが上がってしまいました。
でも大丈夫です。「TOKYOアントレプラス」では、どう教えたらいいのか、そのポイントをシーン別にまとめたマニュアルと、マニュアルの理解を手助けする動画を用意しています。マニュアルを読みながら動画を視聴する、あるいはマニュアルを読んだ上で動画を視聴することで、シーンごとに教えるべきポイントを効率よく理解できる仕組みになっています。また、お祭りやイベントに出店することを想定した実例、家族でフリーマーケットに出ることを想定した実例を用意していますので、マニュアルで理解した内容を、当日の内容に即して深く理解できる構成としています。
このように、「TOKYOアントレプラス」で用意されたマニュアル、動画、実例をうまく活用することで、実際に起業経験がない方でも、しっかりとこどもたちをリードできるようになりますが、さらにうまくやるための「コツ」があります。それは、こどもに教えるのではなく、サポートすることです。イベント当日まで、教室で、あるいは自宅で、「TOKYOアントレプラス」で用意されたマニュアル、動画、実例からこどもが主体的に考える「質問(きっかけ)」を考え、そして「ここだ」と思うベストタイミングで投げかけ、こどもが質問に対する答えを考えることで、イベント当日の活動に必要となることを学んでいく。このようなサポーティブな動きが、こどもたちの学ぶ意欲や喜びを引き出すのです。
こうした指導手法を「反転学習」と呼びます。反転学習は、「授業で学習し、自宅で復習する」という流れを反転させ、「自宅で予習し、授業でさらに学習する」という流れにするものです。反転学習には、記憶の定着に貢献する可能性があることが示されています(加藤・高島, 2019)。
アントレプレナー教育プログラムに関わる大人は、マニュアルや動画をうまく活用してポイントを理解したうえで、参加するこどもに様々な質問をすることを通じてイベント当日に必要となる知識を得てもらい、その知識をイベント当日に活用することで定着させる。こうした流れを把握していただければ、起業経験がない方でも、効果的なアントレプレナー教育プログラムを提供することが可能となります。
これまで出来なかったことができるようになる。こうしたこどもの成長を見ることは、大人にとっては嬉しい出来事ですが、それに関われることは、もっと大きな喜びを感じることができます。同時に大人も、これまで出来なかったことができるようになり、成長を実感できます。私は仕事がら、大学生や大人向けのアントレプレナー教育に関わって来ましたが、こども向けは経験がありませんでした。このプログラムのパイロットテストに参加し、主体的にこどもに動いてもらうにはどうすればいいのかなど、色々と試行錯誤してみました。それが奏効してお客さんが増え、こどもが喜んでいる姿を見ると、大きな充足感に包まれました。こども向けのアントレプレナー教育に携わることの楽しみは、こうしたところにあるのだと思います。
またこども向けのアントレプレナー教育プログラムで得た気づきやスキルは、同僚や部下、特に世代が少し離れた同僚や部下とのコミュニケーションなど、日頃の仕事でも活かせるものが多いと思います。
「TOKYOアントレプラス」では、イベント当日、こども起業家(当日は「こども社長」です)の部下(=メンター)として学生の参加を想定しています。メンターの役割は、こどもたちがいかに社長として振る舞えるかサポートする立場です。そのため、事前に基本的な事項を十分理解してもらい、イベント当日は、こどもたち自身が考えて主体的に動くようにするにはどのように接したらいいか、どうしたら商品が売れるか等を適時考えながら動いてもらわなければいけません。そうした学生を一定数集め、趣旨などを事前に理解してもらうことは、なかなかに難しいことです。学生は基本的に教えを受ける経験しかありません。それが一転して誰かに教える、サポートする立場になるのですから、参加することに腰が引けるのも当然です。
しかし、他者に教えることが自分自身の学びにつながることは、古代ローマ時代から言われています。古代ローマの政治家・思想家セネカは友人に宛てた手紙の中で「人間は教えながら学ぶ(高橋訳, 2005, p.21)」という言葉を残しています。また、教えるために説明すると説明者自身の理解が促進されることは、教授説明の効果(Learning by teaching)として知られており、「説明」が理解促進のツールになるとされています(伊藤・垣花, 2009, 2016, 2019など)。説明のための準備、実際の説明、質疑応答などの相互作用を通じて説明する側は、推論,精緻化,統合というプロセスを通じて新たな知識を作り出す活動を営んでいるのです(小林, 2020)。
「TOKYOアントレプラス」に参加する学生は、こども社長に部下として接しながら様々な質問に答えたり、集客や売上が向上するような取り組みを促したりしなければいけません。そのために準備をし、こども社長とやり取りをすることで自分自身の理解が促進され、それが新たな知識となり、成長していくわけです。残念ながらこうした貴重な経験は、学校の中では得られません。こどもに限らず、学生のリーダーシップやマネジメント力を養うという意味でも、「TOKYOアントレプラス」は有用だと思います。実際、このプログラムのパイロットテストに参加した学生は、最初は恐る恐るこども社長と接していたのが、徐々に自信を持ってこども社長と接するようになり、お客さんが途切れれば、こども社長に集客活動をするよう、それとなく促し、終了後は地域の皆さんと目を輝かせて意見交換していました。このような学生の姿を見て、「TOKYOアントレプラス」は学生を大きく成長させることを確信しました。こうした経験で養われるコミュニケーションスキルやクリエイティブ力、先見性等は、実際のビジネス活動でも必須のスキルですので、学生自身の今後の人生にも大きく役立つ取り組みだと言えます。
「TOKYOアントレプラス」をうまく活用することで、こどもの主体性を導き出し、将来必要となるリーダーシップやマネジメント力を養うとともに、そこに学生を巻き込むことで学生の成長も促せます。そしてこうした活動を長く続けることが、地域の活性化につながっていくと思います。
参考文献
伊藤貴昭, 垣花真一郎. (2009). 説明はなぜ話者自身の理解を促すか―聞き手の有無が与える影響教育心理学研究, 57, 86-98.
伊藤貴昭, 垣花真一郎. (2016). 説明行為における聞き手の理解状況に対する推論と説明内容の関係読書科学, 58, 17-28.
伊藤貴昭, 垣花真一郎. (2019). 説明状況の違いが説明者自身の理解促進効果に与える影響―相手に教授する状況と自分の理解を確認する状況の比較教育心理学研究, 67, 132-141.
加藤研太郎, 高島恵. (2019). 基礎科目に対する反転授業の効果, 理学療法―臨床・研究・教育, 26, 29-35.
小林敬一. (2020). 他の学習者に教えることによる学習はなぜ効果的なのか?, 教育心理学研究, 68, 401-414.
高橋宏幸(訳). (2005). 倫理書簡集 セネカ哲学全集5. 岩波書店.
メンタルブロックを乗り越えるために
法政大学大学院デザイン工学研究科
博士後期課程
阿部俊光
アントレプレナー教育のイベントを行う場合や、起業家的行動を子供に促す場面で、親やイベント主催者が理解しておくことの一つとして、行動することをためらわせてしまうメンタルブロックの概念があります。
これまでと違うこと、やったことがないことにチャレンジするときは誰でも躊躇し、立ち止まるものです。大人にもそのような逡巡はありますし、子供であればなおさらです。
ただその程度には個人差があり、メンタルブロックを取り除くことができれば、行動にも著しい変化を見ることができます。
本プロジェクトは、このメンタルブロック研究を参照し、随所にその研究を取り入れました。このメンタルブロックという概念について詳しく見てみましょう。これは「過去に失敗したり、うまいかなかったことを思い出すと、あと一歩が踏み出せない」、「慣れ親しんだ行動をしがちで、新しいことに挑戦しようとしない」といった気持ち をメンタルブロックと呼びます。まさに意識(メンタル)が、阻まれている(ブロックされている)状態ですが、ではアントレプレナー教育におけるメンタルブロックと、その要因は何でしょうか。
起業にまつわるメンタルブロックに詳しい早稲田大学ビジネススクール東出浩教教授の研究成果を元に考えていきます。そもそもメンタルブロックを東出教授は「個人が(多くは)経験を通じて、無意識のうちに、自身の心に埋め込んでいる思考パターンであり、起業や起業機会の認識を阻害する働きをし、多くの場合、創造的な問題解決を阻む要因」であると想定しています(東出, 2020)。
その要因は自己の認識、周囲との関係にあると考えられます。
自分自身の中にある要因としては、思考パターンからくる戸惑いが挙げられます。「何かしようと思っても、不安や恐れでうまくやれない」という人もいるでしょう。また「こうしたらどうなるか、ああしたらどうなるかと考えすぎて行動できない」ということもあるでしょう。もしくは、「これはいいチャンスだと思っても、もしかするとそうでもないかもしれないという先入観をもってしまい、結局行動に踏み出せない」というチャンスの見逃し(東出, 2020)ということもあるかもしれません。実際行動に移せたことがあったとしても、「過去に失敗した体験があれば、もう二度とやりたくない」と消極的になることもあるでしょう。そもそも「特に新しいことに挑戦せず、今のままでいい」という現状維持を優先する姿勢も見られます(東出, 2020)。このように、自分の内面にうずまく様々な自己認識や思考パターンは、メンタルブロックとなりえます。
次に、自分自身が持つ自信や、自己肯定感に関することも要因に挙げられます。「実際にはできるのに、自分にはできないと思ってしまう」、「いいことを思いついたと思っても、それが正しいのかどうか確信が持てない」といったことです。自信や、自己肯定感が不足している状態であり、いかに自信を持つかが課題となります。
周囲との関係性では、「まわりで誰もやった人がいないので、自分が取り組むことが不安であること」、また「両親やきょうだい、友達から変に思われそうな気がする」、「失敗したらまわりの目があり恥ずかしい」といったことも、メンタルブロックの要因に考えられます(阿部・姜, 2023)。
これらメンタルブロックを乗り越えるコツを、3つご紹介します。
まず1つめのコツとして、「他の人と一緒にやってみることで心理的負担を下げる」、また「実際にうまくやっている人(ロールモデル)と会話し、その人を観察することでどうやっているかを知り、やればできるという感覚をつかむ」(阿部・姜, 2023)ことです。
2つめは、「チャレンジすることを大げさに捉えるのではなく、最初から全部取り組むのではなく少しだけやってみる」、「自分でできそうな、得意だと思うところから取り組む」など、課題を分解し、できるところから取り組む(吉田・中村, 2023)ことも心理的な負担を下げ、行動しやすくすること。3つめは、失敗について具体的に考えてみて、どのくらいの失敗なら平気か(吉田・中村, 2023)、「もし失敗してもたいしたことではないのではと想像してみる」といったことです。
この3つを意識して、メンタルブロックを少しでも避けていいければ、これまでとは違った積極的な行動を起こすことができるでしょう。まずはできるところから取り組んでみて、小さな成果を積み上げながら、自信や自己肯定感を高めることが重要です。
本プロジェクトにおいては、子供たちのメンタルブロックが産まれないような様々な工夫が織り込まれています。
例えば子供1人につき大学生1人が付き添い一緒に取り組む点、事前に接客や代金のやりとりの練習をするなどしてやったことがないことに慣れる点、大学生やほかの子供たちを見ながらよい行動は真似をしてみる点などがです。
日本は他国と比較すると起業についての関心が非常に低く(日本アムウェイ, 2018)、自らの才能を活かして新しいことに創造的に取り組む意識や行動が不足しています。それは子供をとりまく親や大人たちにも言えることで、そのような人々から子供たちは影響を受けてしまいます。
そのため、アントレプレナー教育のイベントを行う場合や、起業家的行動を子供に促す場面においては、関わる親や大人が起業家精神に影響するメンタルブロックの要因を十分理解しておくことが重要だと本プロジェクトは考えています。
メンタルブロックを乗り越えるコツは、大人の方のビジネス、家庭生活でも応用できるものでもあります。メンタルブロックの要因を自覚し、それを乗り越えるコツを活用していただくと、起業家的行動の発揮の促進につながります。ぜひご活用ください。
参考文献
阿部 俊光・姜 理惠. (2023). 失敗への恐怖が起業意思に与える影響: システマチック文献レビューによる研究課題の探索, 経営情報学会2023年全国研究発表大会.
東出 浩教. (2020). 起業を阻むメンタル・ブロックの構造 ―その構造と多重知能・起業意図と行動パターン(エフェクチュエーション、コーゼーション、 プロアクティブネス)・海外経験・幸福度・人口学的特徴との関連―, 第23回日本ベンチャー学会総会論文集, 23, 85-89.
吉田満梨・中村龍太. (2023). エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」. ダイヤモンド社.
日本アムウェイ. (2018). 日本の若者の起業家精神調査レポート2018. (2024年2月9日閲覧, https://www.amway.co.jp/news/detail/pdf/amwayjapan_report_2018.pdf)
監修
早稲田大学ビジネススクール 東出 浩教教授
終わりに
忘れもしない、2017年11月のことです。石川県金沢市で産学連携イベントに大学生向けの起業家教育を出展していた私は、知らない一人の男性に聞かれました、「こどもを起業家にするにはどう育てたらいいんですか?」と。
長く企業でキャリアを積まれてきたというその方は、「こどもには自分の力で道を切り開く、自分で食べていける起業家になってほしい。しかし私はサラリーマンです。起業家になるような教育をどうやったらいいか分からないし、どこにもそんな情報がない」と仰いました。
起業家の家に生まれ、自身も起業をし、周囲が起業家だらけの自分には考えもつかない言葉でした。そして、その言葉に突き動かされ、今まで子供と起業に関するさまざまな取り組みをしてきました。
今回は「アントレプラス」で、東京都の起業や起業家に縁のない方々にアプローチするコンテンツを作るという目的を達成できたと自負しております。今回のこのプロジェクトには、起業家ではない方々が、たくさん関わってくださいました。その方々が、一緒に働くうちに「こんな勉強をしたかった」「こどもを連れてきたい」など言ってくださることがあり、大変励みになりました。
特に、東京都政策企画局からご担当いただいた課長吉田一喜さん、統括課長代理石井正俊さん、主任月山陽輔さんに、心からお礼申し上げます。都政からだけでなく、お父さまの視点、都民としての目線もいただいて、ワンチームとしてこのプロジェクトに取り組めたことを、私だけでなくスタッフ、学生たちも、嬉しく思っておりました。皆さまとの邂逅が、今後も都との協働を続けるご縁と決心につながったのは間違いありません。
このプロジェクトを通じて、学生も、参加したお子さんたちも育ちました。最後にこのプロジェクトに参加したお子さんのお一人、こゆきさんからのお便りを紹介して一旦のご挨拶とさせていただきます。またすぐ別の場所でお目にかかります。
法政大学デザイン工学部 教授 姜理惠